旭光学のM42マウント黄金時代 – APからSP、そしてSLへ
序章:M42マウントの誕生と旭光学の挑戦
1950年代から1970年代にかけて、日本のカメラ産業は急成長し、旭光学工業はその中心的な存在の一つだった。
ASAHI PENTAX(後のPENTAX AP)からSP(1964年)/SPF(1973)、そしてSL(1968年)に至る進化の過程は、M42マウントを世界標準へと押し上げ、日本のカメラ技術の発展を支えた歴史でもある。



M42マウントはドイツのKW(カメラ・ヴェルケ)が開発したプラクチカマウントを原型としており、当時は「プラクチカマウント」または「Pマウント」とも呼ばれていた。その「P」はプラクチカのPを意味するとされるが、一説にはペンタックスのPでもあると言われている。実際、旭光学がSシリーズの開発と販売の成功を通してM42マウントの普及を推進したことで、日本国内外の多くのメーカーがこの規格を採用し、事実上の世界標準となった。
本稿では、旭光学のM42マウントの黎明期から黄金時代、そしてKマウントへ移行するまでの歴史を、ASAHI PENTAX(後のPENTAX AP)・SV・SP・SLという4つのモデルをアンカーポイントとして紐解いていく。
ASAHI PENTAX(PENTAX AP, 1957年)– 旭光学初のM42マウント機
名称の変遷
1957年に発売された旭光学初の35mm一眼レフは、当初「ASAHI PENTAX」という名称のみで販売されていた。当時は機種展開がなかったため、特定の型番を必要としなかったが、後にSシリーズ(S2、S3、SVなど)が登場すると、識別の必要性が生じた。そこで、この初代モデルは「PENTAX AP」と呼ばれるようになった。これは「Asahi PENTAX」の略称として後付けされたものである。
技術的特徴

- 旭光学初の35mm一眼レフ
- M42スクリューマウント(プラクチカマウント)を採用
- シャッタースピード:B・1/25~1/500秒
- プリセット絞り方式(撮影前に手動で絞りを調整)
- 露出計非搭載
市場と競争
1950年代はレンジファインダー機が主流であり、ライカM3(1954年)やニコンS2(1954年)が市場を席巻していた。しかし、旭光学は一眼レフの将来性を見据え、M42マウントとペンタプリズムを採用した軽量・コンパクトなASAHI PENTAXを発表。
これにより、日本の一眼レフ市場に新たな選択肢を生み出し、後のペンタックスシリーズの基盤を築いた。
PENTAX SV(1962年) – 実用性を高めた名機
技術的特徴

- シャッタースピード:B・1~1/1000秒
- 自動絞り機構(Super Takumarレンズ対応)を搭載
- セルフタイマーを装備
- 露出計非搭載(外付け露出計対応)
市場での評価
SVは、M42マウント機の中でも完成度の高いモデルとして広く普及した。特に、シャッタースピード1/1000秒の搭載は当時としては高性能で、コンパクトながらしっかりした作りが評価された。一方で、露出計を内蔵せず、マニュアル露出で撮影する必要があった。
この頃になると、旭光学のM42マウント機は日本国内外で広く受け入れられ、世界の一眼レフ市場におけるM42規格とASAHI PENTAXの地位を確立する礎となった。
PENTAX SP(1964年) – 世界初のTTL測光搭載機
技術的特徴

- TTL測光(Through The Lens)を初搭載
- CdS受光素子による平均測光方式
- シャッタースピード:B・1~1/1000秒
- M42マウントを維持しつつ、絞り込み測光を採用
- 後に、開放測光を可能にした改良版 PENTAX SPF(1973年) が登場
PENTAX SL(1968年) – SPと同世代のシンプルなメカニカル機
発売の背景
SPが大ヒットした1960年代後半、TTL測光の技術が各社で競争を激化させる一方で、露出計のないシンプルなカメラを求めるユーザーの声もあった。特にプロ・ハイアマチュア層の間では、メンテナンス性の高さや堅牢性を重視する傾向があり、旭光学はこの需要に応える形で**PENTAX SL(1968年)**を発売した。
技術的特徴

- PENTAX SPからTTL測光機構を取り除いたモデル
- シャッタースピード:B・1~1/1000秒(SPと同等)
- 完全機械式シャッター(電池不要)
- 露出計非搭載(外付け対応)
SVとの違い
- 洗練されたデザイン:SLはSPのデザインを踏襲、SVに比べシンプルで直線的なフォルムに進化。
- フィルム巻き戻し機構の改良:よりスムーズな操作が可能に。
- SP世代の洗練度:基本的なメカニズムはSVと類似しているが、時代が進んだことで精度や作りの完成度が向上。
終章:M42マウントの終焉とSLの”今”

PENTAX Sシリーズの成功により、M42マウントは一眼レフの世界標準規格として確立された。しかし、スクリューマウントには、レンズの着脱に時間がかかることや、装着時の位置が一定しないといった問題があり、TTL開放測光や自動露出といった先進技術の搭載が難しく、これらがスクリューマウントの限界とされた。 そのため、旭光学も1975年にバヨネット式のKマウントへ移行し、KX・KM・K2を発表し、M42マウントの時代は幕を閉じた。
しかし、M42の最終期に登場したSLは、今なお”硬派”なフィルムカメラファンの間で「最も完成度の高いメカニカル一眼レフ」の一つとして以下のような点が評価され愛用され続けている。
・露出計がないことでメンテナンスが容易
SPなどのTTL測光搭載機は、CdS受光素子の劣化や回路の断線が起こる可能性があるが、SLは完全機械式のため、整備すれば長期間使用できる
・無駄のないデザインと操作感
TTL測光機構がないことで、よりスッキリとした「ザ・一眼レフ」とも言えるシンプルな外観を持つ
・撮影における自由度の高さ
露出計に依存しないマニュアル操作であるため、撮影者がシャッタースピード、絞り、被写界深度(ボケ具合)など思いのままに設定可能

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